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下記の文章はpepperlandオーナーの能勢伊勢雄さんが製作された
「共同性の地平を求めて」
という映画の試写会を行うために、この企画に興味を抱き、参加して頂ける方をお誘いする文章です。

僕自身がこのタイミングでこの映画に興味を持ち伊勢雄さんへお願いしたところ、ある程度の人数が揃えばpepperlandでの上映会を行って頂けるとの事です。
もし興味を抱いてくれる方が居ましたら、希望する日時、曜日などをご記入の上、コメント頂けると幸いです。尚、上映はpepperlandの通常ライブ営業終了後となりますし、pepperland側のご都合にもよると思いますので、参加希望の方の全ての希望には答え兼ねますが、僕とpepperland側との打ち合わせにより、出来る限りの最良の日時を決定してまたお知らせします。どうかご了承下さい。

等企画を伊勢雄さん自身に発案した時に頂いた資料を見て感じた事と、この映画の簡単な説明を下に書かせて頂きます。無知な上に乱文になりますが良ければ目を通してみて下さい。


1960年代の末、全国に吹き荒れた「大学紛争」十年の歳月を経て(公開当時80年)出来事が遠い過去のものになろうとしている今、背後にあった問題はどこへ行ってしまったのか?そんな問いかけを含んだ長編の16ミリ映画が「共同性の地平を求めて」だ。岡山大学の紛争の中で造反教官と呼ばれた一人のドイツ語講師、萩原勝氏が、大学を自ら去るまでの六年間を追い続けた実験的なドキュメンタリ-。

製作者の能勢伊勢雄氏はこの映画を、現代の映画製作の方法論と根本的に異なる視点から映画製作に望んだものと自負されており、私の(内声)が萩原氏の言葉(=言霊)と交わること、すなわちマントラ(真言)によるメディテーションをドキュメントのなかに取り込んでゆく。ドキュメントとメディテーションを合成した新語、ドキュメディテーションフィルムと名付けられている。

1969年を頂点として、全国的規模で盛り上がった大学紛争。もちろん、造反教官などという名称は正当ではない。彼らは「あたりまえ」のことを、ためらわずにやったまでだ。彼ら一人一人の行動にしても主張にしてもそれぞれ独自の理論が有り、とても一つ名称でひっくるめれるようなモノではない。

*萩原氏が能勢氏に直接宛てた手紙や、言葉をいくつか以下へ上げさせてもらいます*

何百年に一度の歴史の大転換期。もうとうに「足元の地面が崩れてゆくような不気味な恐怖」崩壊してしまっていた近代社会という共同幻想の崩壊が暴露された、そして、これに歴史的に媒介されてこそ、人類全史の崩壊が暴露された69年時代。
人類は、歴史の、社会の、人間諸事全般の見方を少しも学んでこなかったということです。

私たちはなお、どんな、どれほどの幻想に支配、呪縛されているものやらを思えば 絶望したくなります。

共同性のことは文章化が一番できないことですが、"個、共同"性と言い換えるべきだと思っています。
人は個にあって、同時に共同である。
この個は個人のことではなく、人は誰もが"個、共同"という在り方のその個のこと。
自分1人でも共同(個、共同)という在り方。
孤独などという妄想から一瞬にして解放される。
階級論からも一瞬にして解放される。


階級は社会のことですが、社会という表面からは人の世界の在り方は見えない。「人々の社会的なつながりよりはもっと深い人々のつながり。それが知りたいのよ」

市民社会と呼ばれていたものは実は社会ではなくて、共同幻想だ。

*今回の企画を思い付いた僕自信が、能勢さんから頂いた資料から印象的だった言葉を抜粋して載せていただきました。

僕達には予想も出来ない事が、秒単位で負の方向へ向かっている昨今。このタイミングで僕自身がこの映画に興味を抱いた事は運命的としか思えません。
今だからこそ、この映画の題名にもなっている、「共同性の地平を求めて」、共同性=個、共同という在り方の個という考え方をそれぞれがしっかりと掴みとれるヒントや、チャンスがこの映画に詰められているような気がしてなりません。
一見、過激なアナ-キスト的、行動に見られる「闘争」「紛争」
市民社会という共同幻想に張り巡らされた、嘘、ごまかし、蔑ろ。全ての事実、真実、現実、とその影。
この映画を通じて、沢山の方が沢山の疑問や、考えを抱く事が、今現在から未来へ進もうとする僕達に大切な事のような気がしてなりません。

最後に、乱文にはなりましたが、是非この企画への協力を今一度お願いします。

厳状打破 三戸龍家


『共同性の地平を求めて』
68/75 萩原勝ドキュメント 監督:能勢伊勢雄

インサートタイトル:松岡正剛

ナレーター:島田博

資料映像:飯田隆

編集:能勢伊勢雄

VE:高田肇 能勢伊勢雄 上原拓治

撮影:能勢伊勢雄 飯田隆

音楽:早川義夫 ジャックス 休みの国 遠藤賢司 高田渡 davidLang
製作:UMU.創造論理空間研究会
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